サハリン〈第6日〉

【列車→ユジノサハリンスクコルサコフ


列車は朝7時ごろユジノサハリンスクに帰ってきた。


駅に隣接するユーラシアホテル(EURASIA)に空きがあったので、今日からは宿をここに決めた。さらに1階のおなじみのファストフード店(BUBO)へ。

ブリトーを注文。

これがうまかった!


きょうは、近郊の港町コルサコフまでバスで行って来る。


大きな地図で見る

海が見えてきた。

ほどなくコルサコフに到着。


市街地を散策する。




ここは本屋。



サハリンではどうにも見つけられなかったインターネットカフェがあった。「サロン」と書いてある。

ブログに今の気持ちをローマ字で書き込んだ。

(→http://d.hatena.ne.jp/tokyocat/20120728


この階段は神社のものだったらしい。

登ると今はこんな建物。



日本時代に銀行だった建物がまだ残っている。



これで『羊をめぐる冒険』を思い出さない人はいないだろう。「星形の斑紋」まであるではないか。




カフェで一休み。

インスタントコーヒー。60ルーブルだったか。


買い食いで腹ごしらえも。


海のそばまで来た。宗谷海峡。南下すれば北海道。


稚内からのフェリーが着く埠頭。

サハリン州の旗だろうか。

サハリン島だけでなく北方領土を含む千島列島がすべて描かれている。


振り返ると丘。

斜面を登ってみる。

見晴らしのよい広場があった。


港湾の様子が一望できる。




港専用の貨物列車だろうか。


広場のそば。「7 ELEVEN」かつ「MINI STOP」と書いてあるのだが、普通の食料品店。

店員2人がそろって一服中。天気もよかったので、ここでビールを買った。


界隈をさらに歩く。



果てにある場所。人のあまりいない場所。忽然と廃墟。どうしてこのような風景が無性に好きなのだろう。


サハリンの美しく涼しい夏はおそらくつかの間だ。冬は雪が積もり寒さがただただ厳しいことだろう。

ここが日本のままだったらどんな街になっていたか、などとつい考える。とはいえ、サハリンがソ連になってから60年以上が経過している。アパートなどはもはやビンテージものだ。時の流れは重い。


丘を降りてからは、この場所を探し、辿り着いた。

日本時代に建てられた製紙工場の跡だという。勝手に入る。





コルサコフ散策、終了。面白かった。


バスでユジノサハリンスクに戻り、夕食。

1日目の夜に行ったのと同じ店。


ユーラシアホテルの部屋に落ち着く。一泊2000ルーブル


窓からは駅前広場が目の前。


 *


ノグリキもコルサコフも、『地球の歩き方』の情報が薄いこともあり、行き先の多くはその場のなりゆきで見当をつけながら歩いた。こういうのこそ旅の醍醐味なんだと改めて思う。


 *


一つの素晴らしい(素晴らしくなくても)小説を書き上げるのは奇跡の行いだと思う。それを人に読んでもらえる、大勢に読んでもらえるというのは、奇跡のダブルパンチ。ましてや、十分に理解し感動してもらえるなんてのは奇跡のハットトリックだ。

以上は、朝ブリトーを食べながら『舞踏会へ向かう三人の農夫』を読んで思ったこと。

あることを説明し始めるととにかく長くなるのがリチャード・パワーズだが、かように気持ちはよく分かる。遠いサハリンで、言葉もままならず世界とのつながりが完全に断ち切れたような状態にあって、パワーズひとりが友達だった。










【take it easy】