サハリン〈第2日〉

ユジノサハリンスク


疲れていたのか、9時半ごろやっとベッドから出て朝食へ。ホテルのバイキング。終了まぎわだが腹いっぱい食べた。トースト、ハム、チーズ、きのこの炒めもの、トマト、ピーマン、玉子、ビザみたいなもの、ブドウ的なジュース、牛乳など。ご飯もあってびっくり。


できれば明日あたり、ノグリキ(サハリンの鉄道最北端駅)まで寝台列車で向かいたい。まず街の中心にあるユジノサハリンスク駅の窓口へ。しかし「2等寝台はチケットなし」の返事。あす26日も27日も28日もダメ。1等寝台(7500ルーブル)ならあるという。困った。

もう1つ確保すべきは今夜の宿。ベルカホテルは申し分ないのだが、1泊3200ルーブルはさすがに高い。そこで、地球の歩き方にあるルイバクホテルとユーラシアホテルをあたる。確かに安いようだが、どちらも部屋がない。係の人は「きょうの予約をきょうするなんて」という表情だった。

(左が駅、右がユーラシアホテル、その1階がファストフード店


鉄道チケットもホテルもままならず落胆。おまけに急激にトイレに行きたくなり、ファストフード店にかけこんだ。駅に隣接するユーラシアホテルの1階にあるBUBOという店。アメリカンコーヒーで一息いれる。70ルーブル


ちょっと気を取り直し、ベルカホテルに戻ってもう一泊チェックイン。部屋は同タイプで眺めも同じく良い。


とりあえず市内観光。サハリン州立博物館へ。

これがかつては樺太庁博物館だったのだ。当時の建物および展示物の一部を受け継いだとのこと。民族・自然・歴史いずれの展示エリアが充実している。

アイヌに似た先住民の習俗もわかる。祭祀の写真と作り物をみると、熊や犬を生贄にしているようだった。日本風でもロシア風でもない不思議な雰囲気。


鉄道チケットについては、ビートモという名の旅行代理店を訪ねた。稚内ーサハリンのフェリーを運行する日本企業の関連会社。チケットについてはベルカホテル内の旅行代理店でも尋ねたが、まったくラチがあかなかったから、ここでもたいして期待はしなかった。ただ、「日本語もOK」の表示を見て、もしノグリキ行きが無理でも他の移動プランに変えてでも相談できるかと思ったのだ。

社長のイリーナさんという女性が日本語で対応してくれて、とても親身になってくれた。しかも電話一本で、あれほど絶望的だったノグリキ行きの2等寝台がとれた! あす26日夜出発。ノグリキのホテル(クバンホテル)1泊と帰りのチケットも一緒に予約。

言葉が通じることはやっぱり大事だ。ロシア語がわからないから「ダメなのかOKなのか」の区別くらいしかわからない。白か黒かしかわからないのだ。言葉が通じれば、同じダメでもそのニュアンスや詳細がわかる。


なお、チケット購入に現金が必要とわかり、両替のため鉄道駅近くまで再び向かう。市街地の見物もかねて徒歩。

地図を見ながら次の曲がり角はこのあたりかと思うと、だいたい行き過ぎている。どうもユジノサハリンスクの街のサイズは地図でイメージするより狭いのだ。道路は幅広く建物の敷地もだだっ広く樹木も悠々と生えているので、つい錯覚するが、そう大きな街ではない。






こうして新しい土地を歩くというのは、赤ん坊が初めて触れた周囲の世界を自分の体に1つずつなじませていくようなものだろう。サハリンの私には、通貨も交通手段も食べ物も言葉も初めてのものばかりなのだ。

しかしもう一度言うが、言葉はあまりにも不可欠のものだ。言葉のミュニケーションがほぼ不能というめったにない状況に置かれて、それを改めて思い知った。おまけにロシア語は文字すらスムーズに読めない。

それにロシアはやっぱり文化圏が違う。たとえば韓国や中国やタイの街であれば、これが何の店かは外観から見当がつく。何か買うときのプロトコルも似ている(中国はちょっと違うか)。だがサハリンの街ではそうした翻訳が難しい。ホテルのフロントの対応などもそっけなくて意味がわからない。


この街の商業全体が、顧客のことを考えた開拓などということをまったくしていないとも感じられる。客も客で、不便なのが当たり前だから黙って耐えているのだろう。ここにもしユニクロワタミがやってきたら、ロシア式の商店はあっという間にすべて吹き飛ばされてしまうだろう。日本ならどこの街でも24時間のコンビニエンスストアがありファミレスや吉野家がある。便利すぎる街に慣れきっていることを思う。


さて、銀行併設のATMコーナーにてVISAカードでキャッシング。簡単。ただし1日の上限は7500ルーブルのようだ。

それを手にビートモへ引き返し、寝台チケットを受け取って支払いを済ませた。今度は社長ではなく若い女性スタッフが対応してくれた。やはり日本語をちゃんと話す。というかもはや見かけもちょいとハニカミぎみの日本女性そのものだった。夕食にいいレストランがどこかないかなども聞いてみた。


そのあと、市民の憩いの場となっているガガーリン公園へ。

緑豊かでとても広い。樹木の向こうに遊園地が現れた。こうした雰囲気の公園はカザフスタンのアルマティにあったのを思い出す。

観覧車が見えてきたので乗ることにした。

ユジノサハリンスクの街を初めて高いところから見る。街の周辺は緑が深い。


夕食の場所を探し、三たび駅前の中心部へ。目星をつけたところをあたったが、閉店時間だったり、なんとなく入りづらいムードだったり、見つけそこなったりの連続で、「じゃあもうホテルのレストランで食べよう」と決めた。

部屋に戻ってシャワーを浴びて心身ともにリフレッシュし、地下のそのレストラン「カリンカ」へ。

ところが客はゼロ。ウェイトレスにあれこれ尋ねたあげく、ニシンの塩漬け、ボルシチ白身魚とポテトとトマトのグラタン的なものを頼んだ。しめて800ルーブル


部屋に戻って一息つくと21時過ぎ。そのまま眠るのもなんだか惜しく、またあわよくばどこかでインターネットができないかと考え、またもや駅前に向かう。本日4度目。

――そして23時、鉄道駅隣の24時間ファストフード店BUBOにまた入った。こんどはカプチーノ70ルーブル。こうして1日を振り返った。


インターネットができないというのは現世からの隔絶を意味する。サハリンが遠いのではない。ネットできないのが遠いのだ。

ニュースにも触れられない。英語社会がないのだ。

西欧米国に日本や東南アジアも含めた英語中心意識でいる者には、ロシアは今、どこよりも閉鎖的、他者的な国なんじゃなかろうか。もちろん米国も自国流が世界に通用するだけで実は閉鎖的といえるが、英語中心意識のグローバリデーションのおかげで、アメリカはまるで開かれた国に思える。ロシアはそうではないのだ。加えて、ロシアはかつて世界を二分していた東側の中軸であったことから、今でも他国に合わせる気などまったくないのかもしれない(アメリカ同様に)。

なんでこう、みんな英語、まったく使わないのだろう。


<他の出費記録> サハリン州立博物館:170ルーブル(常設+特別+撮影料) 市内バス:15ルーブル×2回? ノグリキまでの2等寝台列車往復チケット:7200ルーブル ガガーリン公園の観覧車:100ルーブル




















【take it easy】