迷 宮 旅 行 記

長距離のバス待つ君の人生はさておき旅はまだ先がある

タスマニア〈第3日〉

【セントクレア湖→クレイドルマウンテン】


目が覚めたのは何時だったか。深夜遅くまで満天の星だったのに、今日の空はなぜかどんより。天気予報どおりだが、ちょっとがっかり。しかし雨が降っていないだけありがたい。それに、タスマニアの草原や樹林には この空もけっこう似合う。


ふたたびセントクレア湖まで移動。昨夜行き着いた場所は宿泊施設とツーリストセンターをかねた建物だったようだ。8時くらいだったと思うが、まだ開いていない。そばにパワーサイトがありキャンピングカーが何台か停まっている。


湖はすぐそばにあった。

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曇天と無人のせいか、なんともいえない寂寥感。水際に降りると丸い石がごろごろ。この向こうのどこかにクレイドルマウンテンがあるわけだ。


計画ではここに一泊とも思っていたが、風景だけを目にとめ、先を急ぐことにした。


幹線道路(10号線)に戻り、ふたたび西へ。草原(あるいは湿地だったかもしれない)が道路の両脇に広がり見晴らしがよくなった。

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白樺のような枯れ木のような樹木も目に入る。遠くには山が連なる。あいかわらず人工物は何もない。車すらあまり通らない。昨晩の不安と焦燥も解消し、ドライブは快適。


景色のよい一帯で、道路脇にわずかな空き地を見つけ、車を停めた。朝飯が食べたいのだ。しかし、いまだスーパーには寄れず、食料の持ち込みもたいしてできなかったから、めぼしいものはない。電子レンジも使えない。水とガスで調理できるのは、パックの白米とインスタントの雑炊の素だけだった。でも十分うまかった。

コーヒーもいれた。

豆はタリーズで買い挽いて持ってきた。旅行用の金具と紙フィルターは1999年の中央アジア以来 気に入って使っている。


最大級に好ましいパノラマ風景なので、折りたたみのテーブルと椅子を出した。
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これはオプションで借りたもの(それぞれ1台1日1ドル)。いくらか優雅な気分。


あたりを少し歩く。やはり湿地だ。

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さてのんびりしてはいられない。まずタスマニアの西の端近くまで行く。クイーンズタウンという街があるのだ。そこならスーパーもあるだろう。仕事のメールもチェックしたい。


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また同じような風景が続いた。地図をみると巨大な国立公園のエリアに入ったようだ。


やがて山道に。雨が降り出したが、ひどくはならない様子。途中トイレ休憩。


山は間近に迫ってきた。むかし乗鞍高原を走ったのを思い出す。


大きな湖を渡った。バーベリー湖というらしい。みごとな眺め。それなのに、またもや車も人影もない。日本なら休憩所など設けて大いに賑わうポイントだろうに。今回の旅行は人口密度の差というものを否応なく実感した。


ふもとに町が見えてきた。


険しい道を一気に下ると、すぐに到着。地図を確かめながら幹線道路を離れ街の中心へ。クイーンズタウンだ。

写真ではさびれた感じだが、久しぶりの人工物に出会ったことから、そのときはもっと原色のイメージだった。

思いの外こじんまりしている。それでも駅があり、たった一つのようだが目抜き通りの商店街があった。待ちかねたスーパーのほか、銀行、郵便局、DVDレンタルもできるコンビニ風の店など。なんだか映画のセットみたいに思えた。周囲には住宅地が広がっている。


大通りに面したカフェで腹ごしらえ。

カウンターにフライやバーガー系の食べ物が並び、その向こうに快活な女子店員。高校生か。アメリカっぽい気がした。黒板の表示も参考にチキン系のホットドッグとブリトーみたいなものをコーヒーと一緒に注文。店内のテーブル席に座った。これがなかなかうまかった。コーヒーはミルクが一緒になっている(オーストラリアのカフェではこれをエスプレッソと呼び、最も一般的な飲み方のようだと後から分かった)。ただしこれも高かった。何の変哲もないこんなカフェだが10ドル近くした。


スーパーで買い出し。


そう大きくない店だが申し分なし。地元の客と店員が仲良くおしゃべりしているような親しめる店だった。飲み物、ベーコン、ソーセージ(日本にはないようなチキン)、パン、バター、野菜などを買う。ステーキ肉も調達。肉は安いようだ。飲み物は2リットルの巨大サイズが基本。しめて50〜60ドル。タスマニアのリンゴジュースというのも3ドルくらいしたが買ってみた。


土産物店みたいなところを覗いたら、なんとコンセントのアダプターがあった! これでデジカメ復活、パソコン充電もOKだ。助かった。


さて仕事。契約した無線ネットは使えないエリアだが、商店街にネットできる店があった。待ちかねたメールが届いていた。が、日本語が表示できないパソコンなので、返事がYESかNOかが分からない。困った。次にツーリストセンターのような施設を見つけた。そこではネットができ日本語も読めた。返事はN0だった。う〜む、そうすると別のところに対応を相談しなければならない。ところがここでは日本語のメールは読めても打てない。

こうなったら日本に電話だ。『地球の歩き方』に国際電話の要領が書いてあった。取り扱い店で料金を払って申し込むと暗証番号を教えてもらえる。実際に電話をかけ、その暗証番号を打ち込むと通話できるという仕組み。

そうして公衆電話から電話した。


その結果、本日16時以降にもう一度電話する必要が出てきた。オーストラリア時間だと18時以降だ。このクイーンズタウンにその時刻まで留まるわけにもいかない。しかしこの先クレイドルマウンテンに向かえば、ネットも電話もよけいおぼつかない。おまけに今日は金曜で週明けの月曜は祝日なので、きょう連絡できないと次は火曜になってしまう。絶望的。


どうしていいかわからないままクイーンズタウンを発った。ふたたび幹線道路。


地図をにらみながら、道路をこんどは北上する。さあ今日中にどこまで行けるか。クレイドルマウンテンの近くまで行けるか。天気は小雨が降ったりやんだり。ショートカットの道路に入ると、人家はなくなり単調な山道になった。


だいぶ進んで、Tullahという山あいの集落に出たのは、17時くらいだったか。

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郵便局をかねた よろず屋的な店があったが国際電話は出来ず。店にいた人に「これからクレイドルマウンテンまで行くつもりだけど、行ける? 遠い?」と尋ねると、「けっこう遠いよ」との返事。「キャンピングカーなら、このへんで泊まったらどう? 道路のそばだと目立つけど、どこかの家の裏手とかなら大丈夫だよ」みたいに言われた。

車のガソリンが半分以上減っていたのを思い出した。すぐそばにスタンドもあった。(ガソリン代リッター1.2ドルくらいだったか)

セルフで注入するのは生まれて初めてで、とまどっていると、男が話しかけてきてアドバイスしてくれた。親切だなと思ったら、店主だった。ガソリンスタンドは先ほどのようなよろず屋とDVDショップを兼ねている。この店主がおしゃべりでおしゃべりで、おべんちゃらをずっと言っていたが、次に入ってきた客にもそのままのテンションでそのままの愛想を振りまいた。

ここは日本でいうとどんな所なのだろう。山の中にぽつんとある商店。平和だが退屈な日々だろうか。


さらにドライブを続ける。山地の道路をひたすら。北行きのルートからやがて東に向かう道路(べルヴォワール・ロード)に入った。すると周囲がよく見渡せるようになった。平らな高原が広がっている。道路ももうあまりカーブしなくなった。


そしてとうとう、クレイドルマウンテンに通じる横道までたどり着いた。地図ではミドルセックスという地点。

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地図看板があったのでキャンプできる場所があるか確かめる。出発前の情報ではキャラバンサイトは1つしか見当たらず(クレイドルマウンテン・コージー・キャビンズ)、しかも満員だったのだ。だがこの地図にはそれ以外に3つ4つサイトがある。とにかく行ってみよう。というか、今われわれは本当に何もない自然の中でぽつんと一人きりなのだ。


横道を少し進むと、いくつか施設が続いていた。ところがなぜかことごとく閉まっている。時間は18時台。まだ十分明るい時刻なのにビジネスタイムは終わりなのか。大きな駐車場とカフェを併設したインフォメーションセンターもあったが、やはり無人


じゃあ今夜はどうすればいいのか。ここまで移動はできたのだから、もう車で眠ってもいいのだが、今晩こそは風呂に入りたいし電力も車に供給したい。しかしここではそれはかなわないようだ。

それにもうひとつ、仕事の電話にも未練があった。そこで、ある宿に電話ボックスがあったので、無理にベルをならして人を呼ぶと、「これは特別だよ」と担当の女性は言い、もう電気も消えた店の中へ入れてくれた。国際電話のチャージを申し込み、最初に必須の50セントも両替してもらって、電話。オーストラリアは19時。日本は金曜の夕方17時。週末最後のチャンス。はたして二度目の電話が通じ、大切な相手から「OK」の返事をもらった! 仕事はこれですんだ。


でも宿泊をどうするかはこれから。道路をさらに進んで、ビジターセンターとクレイドルマウンテン・ロッジがある所まで行った。その先はダブ湖に通じて行き止まりのはず。国立公園の入所手続きをしないとさすがにまずいだろうと考え(実際はそうでもなかったのだが)、もうその先に行くのはやめた。仮に車が停められても宿泊施設はなさそうだから風呂も電気もないことになるし。

ではどうする。その時になって、レンタカーの事務所でもらっておいたファイルに、この近くと思われるキャンプ地の名前がひとつ、電話番号とともに書いてあるとわかった。さっきの電話ボックスからダメもとでかけてみた。オーストラリアに来てからずっと私の英語がなかなか通じないことにも疲れていたのだが、こんどの相手はやさしく、「そこから45分ほどかかるが、パワーサイトに泊まれるし、シャワーも使える」と教えてくれた。私たちの現在地を伝えると、「行き方はそこで誰かに聞いてね」という。ちょうどそこにマイクロバスが1台やってきたので、運転手らにファイルに書いてある地名とずっと使ってきた道路地図を見せると、この辺だと教えてくれた。すぐ近くと思ったのは勘違いで、ここからかなり離れたゴーリーパークという所だった。明日クレイドルマウンテンを見るには、ここまでもう一度戻ることになるが、まあ仕方ない。そこまで行こう。


横道からもとの道路まで戻りさらに東へ向かった。高原の道路を再び走る。やはり人影や建物はない。車もたまに出会うだけ。有名な観光地だと思うのに、しかもきょうは週末だというのに、どうしてこう誰もいないのだろう。とはいえ、このだだっぴろい景色はいつまで見ていても飽きなかった。ただ、ゴーリーパークは遠かった。


モイーナというところで右に折れる(Cethana.Road)。さすがにそろそろだろうと思ってからの山道がまだ長かった。

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日はすっかり落ち暗くなって、ようやくゴーリー・パークに到着した。

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翌朝とった写真だが、入口の看板には「マウント・ローランド・パワード・サイツ」「ゴーリー・パーク・ワイルドネス・キャビンズ」などと書いてある。パワーサイト(キャンピングカーで滞在できる施設)とバックパッカー向けの宿泊施設が併設されているのだ。

レセプションの建物(オーナーの住まいかもしれない)を訪ねると、電話と同じ親切そうな女性とその夫らしい人が戸口から現れた。「電話の人ね」という感じ。聞いていたとおりパワーサイトは1泊20ドル。先客は2組ほどでがらんとした敷地にバンを駐車した。

まずコンセントをつなぐ。水も補給(蛇口が合わず苦労した)。もうとっぷり暮れていた。二日目の月が薄雲にかすみ幻想的に光っていた。


やっと食事だ。でかいチキンのソーセージ、缶詰のビーンズとアスパラガス、かぼちゃ焼き。

うまかった。


食器を洗うため食堂に移動したが、電灯が消えていてスイッチも見つからず断念。しかたなくシャワー室の洗面所で洗い物をした。

それが終わると外はもう寒いほどだった。相当疲れていたのですぐ横になりたかったが、それでも風呂には入りたかった。シャワー室は古くてチープな造りだがそれなりに清潔で広い。他に誰もいないので思う存分使えた。熱いお湯が出た。


またもや長い一日だった。車を運転し続け、食料を調達し、宿を探し、仕事の電話も済ませ…。これって旅行なのか? ともあれ生涯の記憶になりそうな日々が重なっていく。















【take it easy.】